写真がもたらした絵画の変遷



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題名:写真がもたらした絵画の変遷
報告者:アダム&ナッシュ

 本記事は、基本的にこの記事の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 この記事にて写真の絵画的なアプローチについて調べるとともに、この記事では写真が発展した当時の画家への絵画手法への影響について類推した。ここでは、その当時の画家について、より詳細に調べるとともに、絵画がその時点から現在までどのように変遷して行くことになったかについて考えたい。
 1936年のダゲレオタイプの出現からカメラが発展し、露光時間が短くなり、写真がより現代的に手軽に扱えるようになった。さらに、エルンスト・ライツで研究開発を担当していたオスカー・バルナックは、1913年頃に35mmの映画フィルムの研究から、高品質の引伸しプリントを製作することができるコンパクトカメラのフィルムの規格である35mmフィルム(135フィルム)を開発した1)。135フィルムのサイズは36mm×26mmであり、これは現在のデジタルカメラで言えば、一眼カメラのフルサイズに相当する。詳しくはこの記事を参照していただきたいが、これを言い換えれば、1913年の規格が今でも生きているということになろう。一方、印象派の巨匠とも言えるクロード・モネは、1840年から1926年の間に活躍したため2)、ダゲレオタイプから、135フィルムまで体現したことになる。また、同時期(1841年~1919年)に活躍した同じく印象派の巨匠であるピエール=オーギュスト・ルノワール3)も、モネと同様の時代背景がある。このような写真の技術が発展するとともに、絵画にも写真とは異なる技法を追求する印象派と、その印象派が台頭する前の古代ローマの美術を手本にして歴史や神話を描き、筆跡を残さず光沢のある画面に理想美を描く画法4)を主とする新古典派に大まかに二分された。当時は後者が美術アカデミーの規範であり、その中でもウィリアム・アドルフ・ブグロー(William Bouguereau)は、ラファエロらの系譜に連なるアカデミスムの一人であるが、先の2人と時代が重なり、1825年から1905年まで活躍している5)。図にブグローの絵を示す。これは1879年作の「Tricoteuse」になるが、一見して分かるように、印象派に対局するが如く、極めて細密に描かれている。ある意味、写真の如きでもあるが、やはり異なる。写真も実在性は高いものの(この記事も参照)、現在の写実画7)も含め、写実的に描かれた絵画には、写真以上の本質が垣間見れることがある。

william-adolphe_bouguereau_1825-1905_-_tricoteuse_1879

図 ブグローの絵6)

1) https://ja.wikipedia.org/wiki/135フィルム (閲覧2016.9.20)
2) https://ja.wikipedia.org/wiki/クロード・モネ (閲覧2016.9.20)
3) https://ja.wikipedia.org/wiki/ピエール=オーギュスト・ルノワール (閲覧2016.9.20)
4) https://ja.wikipedia.org/wiki/印象派 (閲覧2016.9.20)
5) https://ja.wikipedia.org/wiki/ウィリアム・アドルフ・ブグロー (閲覧2016.9.20)
6) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:William-Adolphe_Bouguereau_(1825-1905)_-_Tricoteuse_(1879).jpg (閲覧2016.9.20)
7) 月刊美術(編): 写実画のすごい世界. 実業之日本社. 2013.

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