生きる人の人生における勝敗を考える



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題名: 生きる人の人生における勝敗を考える
報告者:ナンカイン

 本記事は、基本的にこの記事の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 この記事にて、他人からの意識を自ら意識でき、「ヒトは人からの何かしらの反応があって...」こそ、人の存在となり得る、と明言した。しかしながら、ここでは、「ヒトは人からの何かしらの反応がなくとも...」という別の観点から、現在の生きる人の人生における勝敗を考えたい。
 人から「いいね」を得られることは、人生において喜びとなる。その取り組みの実践は、昨今の数多くのSNS上でも明らかである。そのアプリを使う人の心の底には、人類学的にも、ヒトはヒトと協力しないことには、人には成り得なかった人類の史が内包され、「いいね」は、共有という形を通して、ヒト間の円滑な協力を進める間接的なカンフル剤とも成り得た。すなわち、ヒトが人となる、現在のヒト文化の協力の背景に、
1;利他性:ある個体が別の個体のために犠牲を払う
2;互恵性:ある個体が別の個体のために利益を与える
があるが、SNSでの「いいね」は、単純な仕事という枠を超えて、互いに共有して、その結果、互いに利他性・互恵性が得られることをも表している。少なくとも、2011年に起きたエジプト革命は、SNSでの互いの協力なしには成しえなかった事例である1)。一方、京都大学霊長類研究所の山本真也博士2)によれば、ヒト以外の動物でもチンパンジーにも利他性・互恵性が見られるものの、自発的な利他・互恵行動こそがヒト社会を特徴付けるようになった可能性を示唆しており、「いいね」はその自発的な利他・互恵行動のネット社会における最たる形態と言えるかもしれない。少なくともチンパンジーは「いいね」はしない(と思う)。
 現在のネット社会では、人からの「いいね」が、自らが生きる上でのひとつのモチベーションともなろう。しかしながら、ネット社会以前では、自ら「いいね」と思えることを継続し、やがてそれが結果として、多くの人からの「いいね」に変わったことも事例も多かったに違いない。レスポンスのよいネット社会に比べて、あるいは、科学技術が進んでいなかった社会では、明らかにその時代は、大人数からの即時性のあるレスポンスは劣るものの、自らのモチベーションでもってもくもくと極めた職人気質での成果もやがて「いいね」として成立していたことが推測される。例えば、画家の江上茂雄氏の偉業に対して、編集者の都築響一氏は次のように述べている。「人生の「勝ち組」と「負け組」というのはけっきょく、財産でも名声でもなんでもない、死ぬ5秒前に「あ~、おもしろかった」と言えるかどうかだという、単純な真実だった。どんなにカネや部下や大家族や奴隷に囲まれても、「ほんとは音楽やりたかったのに」とか「絵を描いてたかった」とか、最後の瞬間に頭に浮かんでしまったら、それは「負けの人生」だ」3)。
 少なくとも自らのモチベーションでもってもくもくと極めている画家の江上氏の人生は、人からの「いいね」がなくとも、「勝ち組」であろう。このことから、生きる人の人生は、「人からの何かしらの反応がなくとも...」、自ら「いいね」を産み出せることも、やがて多くの人の「いいね」に変わり得ると、ここに明記したい。

1) https://ja.wikipedia.org/wiki/エジプト革命_(2011年) (閲覧2016.10.8)
2) Yamamoto, S. Tanaka, M.: How did altruism and reciprocity evolve in humans? Perspectives from experiments on chimpanzees (Pan troglodytes). Interaction Studies 10:150-182, 2009.
3) http://www.roadsiders.com/sample/ (閲覧2016.10.8)

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