生きていることと、その存在の証明



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題名:生きていることと、その存在の証明
報告者:ダレナン

 人は生まれてから、幾ばくかの経験を経て、やがて死に至る。それは生物学上、やむをえないことである。そのためではあるが、人として生まれたからには、あらゆる生きることを体験するとともに、やがて来る死という人生で初めて味わう事態も、いずれは訪れる。
 人類の歴史はある意味、不老不死との戦いでもあった。第一次世界大戦、あるいは、第二次世界大戦という人類史上で最も汚点的な出来事があったとしても、どのような状況であれ、人は生き延びることを「よし」として、人生を戦い抜いてきた。特に第二次世界大戦における人類の醜悪さは、二度と繰り返したくない人類史上のまがいもない汚点であり、この時に生まれた自分の人生を恨んだ人も非常に多いだろう。近年は、自殺等の自分が自分を殺めるような行為も多く、あるいは、通り魔のような他者を簡単に殺めるような非人道的な行為が多くなったとはいえ、人が人として生きたいと思う気持ちは、いつの時代も普遍であると願いたい。いや、普遍的であることが、当たり前であってほしいと思う気持ちは、筆者だけではなく、特に過去につらい経験をした人ならば、なおさらであろう。しかしながら、生きていることの疑問に、

人が生きるとは、どのようなことか?
自分が生きていて、何の意味があるのか?

ということが、どの人にも多かれ少なかれあるに違いない。それはなぜであろうか?
 その答えは科学といった手法では証明できないかもしれない。しかしながら、人が人として、自分が自分として、何らかの存在の証明が得られれば、人は生きる勇気を持つこともできる。あるいは生きている証が、何らかの形で明らかにできれば、その人の存在価値が十分に認められることも起こりうるかもしれない。

Imagine all the people
Living life in peace

A brotherhood of man

Imagine all the people
Sharing all the world

And the world will live as on

ジョン・レノンによるImagineには、あるいは、少なくともジョン・レノンとオノ・ヨーコが望んだ未来には、人が生きる上で深い意味があったのであろう。
 生きるということは、自分の人生の意味は、などと難しいことは、実は考えたくない。ただ最期は、イブモンタンのごとく、「我が人生に悔いはなし」としたい。それが本音である。

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