David Sylvianに伴う詩情性について



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題名:David Sylvianに伴う詩情性について
報告者:ゴンベ

 この記事を見る人は間違いなくDavid Sylvianの何らかのファンに違いないと思う。実はSylvian以外にも優れた詩を書くアーチストは多く存在するが、ここではあえてDavid Sylvianに関して考察してみたい。その理由として、David Sylvianには他のアーチストとは異なる癖のある歌唱法の特徴があるからである。
 David Sylvianは英国のケント州ベッケンハイム出身のミュージシャンである1)。ソロであるDavid Sylvian名義のアルバム(Brilliant Trees)を出す前は、Japanというバンドで活躍していた。そのJapanにはDavid Slyvian他、ドラムスとして実弟のSteve Jansen、べーシストとしてMick Karn、キーボーディストとしてRichard Barbieriがいた。ギターリストは、後期は流動的ではあり、時に日本人の土屋昌巳もメンバーとして異彩を放っていたことは、日本のファンには周知であろう。
 Japanは1974年に結成され、その当時は後期グラムロックとして活動していたが、1982年の解散前にはニュー・ロマンティックとして骨太ロック的な感じと異なる曲を創作し、ヨーロッパ特有のやや耽美なロックをベースとして活動していた。テクノ色を帯びた「Quiet Life」はその最たるものである。しかしながら、実質Japanの最後となるフルアルバムの「ブリキの太鼓」は、東洋調のリズムやメロディを導入し、他の英国のバンドとは異なる地位を確立できた。その曲の異質性は、David Sylvianの比類なき統合性もあるが、Steve JansenやMick Karnの卓越なる技量に追うところも非常に多かった。Japanの解散の背景には、SylvianとKarnの確執もあるが2)、SylvianとKarnには単なるバンドとしてのJapanの活動だけではない芸術家側面の人知れずエゴがその裏にあったと思われる。そのKarnは癌によって2011年に生涯を終えたが、ジャンルは異なるものの、革新的べーシストとして名高いJaco Pastorius以降、類を見ないロックべーシストとして慕う人も少なくはない。音符は読めなかったことが彼の弱点であったらしいが、フレットベースを自在に操るその独特の演奏法に独自の美学が貫かれていたことは、ファンならば納得いくであろう。日本のミュージシャンにも彼のファンが多い。
 ここでDavid Sylvianの歌唱法について、その魅力を探ると、彼の歌唱法の特徴は、「低音を中心に、くぐもった感じで」にあり、かなり癖がある。Bryan Ferryにも影響を受けたと思われるが、彼の場合は20世紀最大の神秘思想家と言われるGeorge Gurdjieffにも影響を受け、より内証的である。それゆえ、詩情を第一とし、それを歌い上げることに最重点が置かれている。その詩情第一主義の萌芽が、Japan最後のアルバムの中の「Ghosts」に見てとれる。この「Ghosts」をきっかけに、彼の詩情性が目覚めた。彼のベスト的アルバムである「Victim of Stars」にも「Ghosts」がトップに位置していることからもこのことが分かる。
 彼の詩情性が最も如実に表れたアルバムは「Secrets of the Beehive」であろうか。その前のアルバムである「Gone to Earth」でも詩的な情景、例えば「Taking the Veil」を一聴すれば、詩的な情景は目に浮かびやすいが、アルバム全てに詩情的な一貫性があるのは、「Secrets of the Beehive」が頂点ではなかろうか。その後もいくつかの実験的なアルバムもあるが、より詩に傾倒し、詩情だけでなく曲調がうまいぐあいにマッチしたのは「Secrets of the Beehive」以外にない。年齢的にもこのアルバム時は30歳で、ソロに移行してからミュージシャンとして円熟した(自己を確立した)結果が、このアルバムの完成度を高めたのであろう。

1) https://ja.wikipedia.org/wiki/デヴィッド・シルヴィアン (閲覧2015.8.30)
2) カーン、M: ミック・カーン自伝. 中山美樹(訳). リットーミュージック. 2011.

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