地底たる謎の研究室

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生得的な試練に対するミームへの試練的な順応


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題名:生得的な試練に対するミームへの試練的な順応
報告者:ダレナン

 本記事は、基本的にこの記事の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 先の記事にて、身体的な特徴をもたらす遺伝子たるDNAに関して検討し、そこで浮かび上がったミーム(心の中の情報単位であり、その複製が他の心の中にも作られるようにさまざまなできごとに影響を及ぼしてゆくもの1))の存在性について考察した。ここでは、もはや遺伝的に規定されているであろう身体的な特徴としての生得的な試練に対して、それをミームへの試練として順応したい。
 「自分のことを、この世の誰とも比べてはいけない。それは自分自身を侮辱する行為だ。」とするビル・ゲイツ氏であっても、少なくとも西洋人と日本人の身体的特徴を列挙することができるに違いない。その特徴を、己自身から振り返ってみると、胴長・短足、頭でっかちの尻すぼみ、となる。要はメリハリのないボディである。さらに、それに輪をかけて、平たい顔族であるのは、ヤマザキマリ氏が漫画「テルマエ・ロマエ」で指摘した通りである。胴長・短足、頭でっかちの尻すぼみ、のっぺり顔、いいところないではないか、と思いつつも、遺伝的に規定されている以上は、その特徴は致し方ない。そこはビル・ゲイツ氏が述べるように、比べてはいけないはずなのである。しかしながら、実際に対象者としての出会いではなくとも、ふと見た画像で、…、となることも少なくはない。同じ人間でありつつも(同等意識)、その画像から得られるプレッシャーに屈服して新しいミームを自分のものとして受け入れることは、むしろ積極的に行うべき試練である。先の記事でも述べたように、これは知れん、では済まされない。そこで、己のミームがへこむであろう画像をここで提示したい(図)。

「めちゃめちゃ、きれいなひとやなぁー。なんや、モデルのEmily Ruhlさんかいな。そりゃ、モデルやもんなー、べっぴんさんなはずや。」

と、思いつつも、

(違う。わてとそーとーに違う。なんでやねん。)



図 モデルのEmily Ruhlさん3)

と、裏の声も叫ぶ。ちなみに、Emily RuhlさんのYoutube2)もあるのでそちらも見ていただきたいが、これを観ると、やはり人生は限りなく無慈悲(No Mercy)である。

(No Mercy、ノー・マーシー。よっしゃ、わても少しはマシかのぉ…。)

1)ブロディ, R: ミーム 心を操るウイルス. 講談社. 1998.
2) https://www.youtube.com/watch?time_continue=10&v=RpqCj_iWqx0 (閲覧2018.3.12)
3) https://oliviamalone.wordpress.com/2012/03/02/porcelain/ (閲覧2018.3.12)

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