地底たる謎の研究室

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ライカMシステムでのまなざし -Elliott Erwitt氏の作例から-


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題名:ライカMシステムでのまなざし -Elliott Erwitt氏の作例から-
報告者:ログ

 本記事は、基本的にこの記事の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 先の記事にてLeicaの歴史をめぐるとともに、Leicaのレンズ交換のマウント、M型マウントを中心としたライカMシステムの羨望のまなざしに迫った。ここでは、先の記事の表題を、”への”から、”での”に変え、システムそのものという視点よりもむしろ、フォトグラファーのまなざしでもってMシステムの存在価値について考察したい。さらに、フォトグラファーの中でもエリオット・アーウィット(Elliott Erwitt)氏の作例から、そのまなざしを見つめてみたい。
 エリオット・アーウィット氏は、1928年にパリで生まれた1)。そして、イタリアとフランスで育ち、1939年に家族と共にアメリカに移住した後に、本格的にフォトグラファーとして活躍した1)。時に、女優のマリリン・モンローさん、第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの夫人のジャクリーン・ケネディさん、そして、キューバ革命で有名な革命家チェ・ゲバラなど、多くの著名人の肖像画を撮影するとともに、その他、日常生活でのウィットでユーモアに富んだ作例を撮り続け1)、1953年には一流のフォトグラファーのみが在籍できる世界的なフォトグラファーグループの集団の”マグナム・フォト2)”にも登録されている。図にエリオット・アーウィット氏の一作例を示す。ちなみに、図の写真は、氏の写真集「Personal Exposures」の表紙も飾り、イギリスのバンド、フェアーグラウンド・アトラクション(Fairground Attraction)のデビュー・アルバム「The First of a Million Kisses(邦題:ファースト・キス)」のジャケットにも使用されたので、つと有名な写真でもあろう。この写真撮影の背景は、文献4)に詳しくあるが、撮ってから25年



図 エリオット・アーウィット氏の一作例3)

経って、初めてプリントされたものであり、撮影時は意図して写したのではなく、偶然に写した、とされる。このことから、如何にしてアーウィット氏は普段からLeicaを手にしていたのかが、如実に分かる。先の記事で筆者のLeicaへの思いを示したが、この写真から決して、アーウィット氏は、Leicaを「…内(家)で愛で」ただけではないフォトグラファーであることが明らかである(あたり前であるが…)。また、アーウィット氏曰く、「普段は自分の好きな視点で撮ります。プロというのは、何が求められているかをわかって撮る、中略…、。そういう意味で、私はアマチュアかもしれませんがね。」4)という発言もあり、この辺がやはりアーウィット氏の魅力でもあろう。LeicaのMシステムを自在に操るとともに、自らの写真は、コミュニケーションとして、撮るだけでなく、伝える4)、その想いを写真に託すことができるアーウィット氏の能力は、一流フォトグラファーの証でもあろう。

1) https://www.icp.org/exhibitions/elliott-erwitt-personal-best (閲覧2018.7.10)
2) https://www.magnumphotos.com/ (閲覧2018.7.10)
3) http://www.anatomyfilms.com/elliott-erwitt-street-god/ (閲覧2018.7.10)
4) https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/511674.html (閲覧2018.7.10)

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