地底たる謎の研究室

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理性と野性への希求 -本論-


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題名:理性と野性への希求 -本論-
報告者:ナンカイン

 本記事は、基本的にこの記事の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 理性的な内容に関して先の記事にて示したが、ここでは本論として野性について深く示したい。
 先の記事で示したように本能的な野生としての性質を野性としたが、ヒトも動物の進化からなぞる以上は、野生的な性質を秘めていたとしても可笑しくはない。感情からより深層に渡る部分は、情動とも重なるが、ヒトの生物体としての重要な機能である。例えば、不意に感じるなんらかの感覚、例えば、怖い、危ない、など、生存に欠かすことができない情動に伴う意識なき行動は、理性ではブレーキが利かない。
 一方、男女の脳差としていくつかの見解もあり、それはまだ科学的に十分に立証されてはいないが1)、男女の脳ではすでに差があることは、経験的にも納得がいくことが少なくない。特に、左脳と右脳を繋ぐ脳梁と呼ばれる部分は、男性よりも女性が太いことが指摘され、これによって左右の脳の連携が男女で異なることが示唆されている1)。また、脳以外に関しても、世間でよく言われるように、"女性は子宮で考える"2)、あるいは、"女性は子宮に支配されている"3)、とは、女性のある特徴を表していることになろう。少なくとも、これに関しては、男性には子宮(子供を産む能力)はないことは性別的に明らかである。ただし、子宮は、脳とは違って考えるような大脳の機能はない。そのため、そこ自体で考えるような機能はない。しかしながら、脳と身体との連関として、互いに影響を及ぼしてあっていることは3)、ここで言うまでもないであろう。そのため、社会的な理性としては、求めることはしない(できない)男性であっても、時に、野性的な女性の目覚めとして、意外な男性を求めることもあるかもしれない。ディズニーの名アニメーション「美女と野獣」ではないが、意外な組み合わせも、理性と野性への希求として、そこには存在する。
 ここで、「美女と野獣」とは違う、一つの神妙な映画を提示する。フランスのブノワ・ジャコー監督による、「肉体の森」(原題:Au fond des bois(森の奥))である。これに関しては、Amazonのレビューにもあるように、人によっては間違いなく酷評の映画かもしれない。その評価は、文献4)を参考していただきたいが、この映画は実は、理性と野性への希求をうまく表現された映画かもしれない、と思い始めている。この映画が持つ分かりやすい側面を示すと、「女性の肉体を支配したい、男の欲望の奥底を生々しく大胆に描く衝撃の官能映画」4)となろう。映画の一場面を示しても(図)、そう思われがちである。しかしながら、劇中の表情パターンの一つ一つ、行動パターンの一つ一つを詳細に深読みすると、それだけではないことが分かる。それは、理性と野性を交差しつつ、人がもつ言い表しにくい何かを表しているようで、その大きさ、深さ、それは、底知れぬ森の奥にも通じるのかもしれない。



図 「肉体の森」の一場面5)

1) アラン・ピーズ, バーバラ・ピーズ: 話を聞かない男、地図が読めない女. 主婦の友社. 2002.
2) http://ikirumichi.site/archives/1268942.html (閲覧2018.8.19)
3) https://www.kakeinojikan.com/2204 (閲覧2018.8.19)
4) https://www.amazon.co.jp/肉体の森-DVD-イジルド・ル・ベスコ/dp/B007L9FES6 (閲覧2018.8.19)
5) http://next.liberation.fr/cinema/2010/10/12/lechant-magnetique_685769 (閲覧2018.8.19)

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