地底たる謎の研究室

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だんだんと物があふれてゆく、は何故か。


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題名:だんだんと物があふれてゆく、は何故か。
報告者:ナンカイン

 本記事は、基本的にこの記事の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 以前のこの記事ではお金と物との関係から価値を探り、現在は一概にお金 = 物だけではない価値について結論づけた。しかしながら、その一方で、"物欲"という言葉も存在するように、物に対して必要以上の欲求が高まることがある。例えば、何気なしに見ていたインターネット上の物が、{いらないかも}と頭の片隅では思いつつも、不思議と指が「ポチる」こともある。その不確定性の「ポチる」については、ここの記事でも示された通りでもある。特に、現在は、物(物質的に存在する物)としてのお金を介さずに、クレジットなど口座の数字のみのお金(物質的に存在しないモノ(物とモノの違いについてはこの記事を参照))でもって簡単に決済が行える上に、仮想通貨も流通していることから、お金という物の存在も忘れ、この傾向は顕著かもしれない。ただし、「ポチる」と、物は届けども、その物は悲しいかな、一時期の欲求でもって終わってしまうこともしばしばである。そうすると、厄介なのが、表題のとおりであり、「だんだんと物があふれてゆく」。そのたびに、困る。「だんだんと物があふれてゆく、は何故か。」と問うても、その何故かは、欲求の高まりが産み出した"物欲のしもべ"となったからに他ならない。ゆえに、その問いの解は、すでに導き出されている。"物欲のしもべ"となると、図のように、物が自然と頭の中で煌めく。頭の中と連動している指は、「ポチる」に専念する。



図 物欲の止まらない女性1)

 ただし、である。現在はお金も含めて、モノとなったものも多い。モノとなると、物でなくても、モノとして電子的に存在価値が出る。現在の最たるモノは、電子ブックなどになるであろうか。電子ブックは、スマートフォン(スマホ)でダウンロードできるも、基本的に自分という電子ブック販売店のクラウド上の書棚に本があるために、電子化され、本という物はなくなった。沢山の本を買えども、電子ブックであれば、物としてあふれることはない。そこは非常に便利である。しかしながら、図のようなバック、服、宝石は決して電子化されることはないために、買えば買うほど物があふれてゆく。豪邸で、収納スペースがドラえもんの四次元ポケットなみにあれば話は別であるが、いずれにせよ地球の面積は有限であり、ひみつ道具「バイバイン」によって増殖を続ける栗まんじゅうの行く末と同じく、文献2)にもあるように、ひたすら増殖を続ける栗まんじゅうが、その場で(地球との位置関係を変えずに)増殖を続ければ、数時間後には「栗まんじゅう球」の直径は地球の直径を越え、地球は飲み込まれてしまう、ことが明らかである。「ポチる」の物は、栗まんじゅうと違って、指数的には増殖しないかもしれないが、"物欲のしもべ"となると、指数的に"物欲"が頭の中で増殖する。結果として、「ポチる」指も指数的に忙しくなる。そして、それは、文献3)にも記載してあるように、「心の憂さの捨てどころ」としてコントロール不能状態にも導かれる。そこは「過ぎたるは及ばざるが如し」である3)。
 そこで、"物欲のしもべ"を改めて「ポチらない」ためにも、あるいは、自己反省も込め、ここに明記したい。

1) https://pixta.jp/illustration/10493599 (閲覧2018.9.13)
2) http://ja.uncyclopedia.info/wiki/栗まんじゅう問題 (閲覧2018.9.13)
3) 田所作太郎: 飲酒行動. 田所作太郎(著): 医療と人間行動学. 協同医書. 2000.

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