題名:僕を理解している。
報告者:ダレナン
本物語は、この物語の続きです。
(でも、営業のあなたと受付のその子と、仕事で話し合うことなんてあるの? そんなのおかしいじゃない? 結局ダリオくん、好きなんでしょ、その子のこと…)
妻に正直に告白した。困窮する妻の顔が見えた。
だから、僕は決して言わなかった。一線は超えてない。彼女は僕を死の淵から救ってくれた人。だから、“あくまでも”そのお礼の延長なんだ。
僕は心の中でそんな言い訳を繰り返していた。妻には後ろめたい気持ちはあった。でも、朝、会社に入り受付のプレートにハートマークがあるとうれしくなり、自然と小さくとても小さく誰にもばれないようにクミちゃんに手を振る、クミちゃんも小さく小さく僕に手を振る、笑顔で返してくれる。そのやり取りが僕の心の支えにもなっていた。
ごくごく個人的な、食事会という名の仕事。
初めての食事の時、二人同時につまみ、カーボデペニャスあるいはに手を伸ばしたことを思い出した。スプーンが触れ合った。ハイネケンを飲む際もカーボデペニャスを食べる際も息がぴったり。こんな一致することは普通ないだろ、それっておとぎ話の中だけの偶然で、現実的ではない。そう信じていたが、実際に僕とクミちゃんとの間のなぜかしら一致感が現実となると、不思議な思いがした。こんなことってあるんだ…、って。
彼女と話しをすると、映画も音楽も趣味が僕ととてもよく似ていた。食事会の回数も増えるたびに、次第に頼むメニューも暗黙でお互いがほぼ同じ内容になり、僕は前世でクミちゃんとなんらかの関係があったようにも錯覚した。それは兄妹なのか、恋人なのかは分からなかった。ただ、妻とは明らかに違う点は、一緒にいる時に違和がまったく感じられない、ということだった。すなわち、
クミちゃんは、ある意味、妻よりも、僕を理解している。
数回の食事会という名の仕事を経て、僕が出した結論がこれだった。
いやそうじゃない。妻とは結婚してかれこれ5年も共に生活している。そんなはずがないじゃないか、と僕は何度何度も自分自身に反駁した。でも、食事会のつど得られる僕の結論は揺るがなかった。
その日も僕は出張に出かけた。クミちゃんにしか分からないように手を振り、クミちゃんもそれに答えてくれた。出張先はいつものようにどやされた。でも、気分はブルーではなかった。「すみませんでした」と謝りつつ、頭の中は、今日の食事会はどこにしようか…と悩んでいた。生活にも張り合いが出た。
ある日、仕事に出かける前に、またも妻と喧嘩した。些細なことだった。妻もここの所、かなりイライラしていた。仕事でのストレスなのか、それとも、もしかして僕のチェンジにイラついていたのかもしれない。
(そう、カレーは一夜にしてチェンジする)
「あなた、なんだか変わったわ…」
玄関から出かける直前にふと妻につぶやかれた。でも、その言葉はそっくりそのまま僕の返球でもあった。変わったのは僕だけじゃない。シズコもチェンジしてしまったんだ、と。
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