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ヤン・ファン・エイクからフェルメールへの流れと、その作品の特徴


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題名:ヤン・ファン・エイクからフェルメールへの流れと、その作品の特徴
報告者:アダム&ナッシュ

 フェルメールは、一般的にヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)と呼称される17世紀のオランダを代表する画家の一人である。この時期のオランダの絵画には、同時期に活躍したピーテル・デ・ホーホ(Pieter de Hooch)と同じく、風俗画(日常生活を描く)を中心とした画作が多いのを特徴とする。それまでの画作は、宗教画が中心であった。特に、オイルペインティングを発明した同じオランダ出身のヤン・ファン・エイク(Jan van Eyck)(ただし、その当時の14世紀は、オランダではなくフランドル)の作品を始め、風俗画は非常に少なく、それは画家の主な収入先が教会や宮廷と結びついていたことも関係しているのであろう。あるいは、風俗画は絵の題材として低く見積もられていたからでもあろうか。宗教以外で描かれていた作品は、そのほとんどが個人依頼の肖像画が多い。ヤン・ファン・エイクの有名な作品で、オイルペインティングの歴史を変えた「アルノルフィーニ夫妻像」も、アルノルフィーニ夫妻の婚姻契約を記録する法的証明書として描かれたとされ1)、個人依頼であることが推察できる。図に「アルノルフィーニ夫妻像」を示す。
 一方、フェルメールの綴りは、Vermeerである。オランダ語の命名ではvan der Meerともなる。そのため、公文書などでは、ヨハネス・ファン・デル・メール(Johannes van der Meer)とも記述される4)。そのvan der Meerを訳すと、”湖の”、となるため3)、命名の意味には、”湖のヨハネス”

Van_Eyck_-_Arnolfini_Portrait

図 アルノルフィーニ夫妻像2)

となるであろう。そのフェルメールは、父親であるReynier Janz. Vos(後にVosをVermeerに改名)と、母親であるDigna Baltensの間に1632年にオランダのデルフトにて生を設けたが4)、生前は、最年少で聖ルカのギルド(芸術家の組合)の理事に就任し、2度に渡って歴任したことから、画家の間でも一目置かれていた存在であったことが伺われる。ただし、フェルメールの作品自体は非常に少なく、30数点のみが現存し、寡作の画家であったことは、よく知られているところでもある。彼の作品の特徴の一つに、その寡作も挙げられよう。ここでは、諸家の意見も恐れず、独断と偏見でその特徴を要約すると、以下の3つとしたい。
① 奥行き感のある構図を好む(これは図の通り、ヤン・ファン・エイクからの流れもあろう)
② 青色に高価なラピスラズリを使う
③ ポワンティエ(白色の光用の点描写)を巧みに用いる
1、3に関しては、カメラの原型(カメラ・オブスクラ: この記事も参照)を使用した痕跡もあるとされ5)、フェルメールの画家としての革新的な一面も伺われる。映画「フェルメールの謎」でも、それを立証するために、フェルメールの絵画技法として再現している。

1) https://ja.wikipedia.org/wiki/ヤン・ファン・エイク (閲覧2016.3.29)
2) https://ja.wikipedia.org/wiki/アルノルフィーニ夫妻像 (閲覧2016.3.29)

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