現代○○における分かりにくさ、分かりやすさ



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題名:現代○○における分かりにくさ、分かりやすさ
報告者:ナンカイン

 現代○○と言えば何が思いつくであろうか? 現代美術、現代音楽、その雰囲気に付随して観念的・抽象的な映画一般などであろうか。これらは、一見一聞して分かりにくいのが特徴であろう。分かりにくいために、分かろうとする。だだし、見る人・聞く人によっては、それらはつまらない、眠くなる。
 現代○○ではなくとも一般的な事例でこれを考えてみる。例えばある人が講演会に出たとする。その講演会がおもしろければ、その人は寝ることはなく、終わった後にありがたかったと思うであろう。しかしながら、その講演会が難しく、分からない内容であれば、その人は眠る。終わった後はよく寝たと思うであろう。その差の根底には、講演会において、見た人や聞いた人が分かるか、分からないかの意識の違いがある。逆に講演する側でいえば聴衆に伝える、伝えたとなるが、講演される側では演者から伝わらない、伝わらなかったという相違がそこには存在する。これが聴衆からしても演者からしても伝える・伝わるとなれば、そこに講演会の意義が見出せる。
 ここに一枚の絵を提示する。図の一枚の絵は、○○芸術大学と海外とある国の○○ College of Artsを卒業し、○○絵画展入選、○○現代美術展特賞、国際○○美術賞グランプリをした方の作品としよう。

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図 一枚の絵

確かにこの絵を描いた人のバックボーンから眺めると、「この絵は、とても素晴らしい」となるであろう。しかしながら、よく見るとさっぱり何を意味しているのか分からない。実際は、ただの滲んだ変な形の円らしきものが黒い枠内に描かれているだけである。この絵を描いた方のバックボーンがすごいのか、見る側の理解できない能力がこの絵を逆にすごいと感じさせるのか、いずれかは不明である。この絵をよく分かるように滲まず、下の絵のように正確な円がその中に描かれていれば、黒い円が描かれた絵であるとすぐに分かる。下の絵は誰が見てもただの円であろう。ただし、作者によれば上の図の一枚の絵が元であり、下の絵は当方が分かりやすく描き直しただけである。真の作品は上の図の一枚の絵である。この上の図の一枚の絵の意味を作者に問いたい。
 実は、この両作品の作者は、そう私である。上の図の一枚の絵にまったく意味はない。
 現代○○における分かりにくさ、分かりやすさは、この程度なのであろうか? 現代美術の有名な作品にマルセル・デュシャンの「泉」がある。その作品は、ただの小便器にR.Muttという署名が書かれているだけの作品である1)。これをどう解釈しようともそれは見る側の意味となり、デュシャン側の意味とは異なる。
 結局は、分かりにくいのが現代○○であって、分かりやすいのは現代○○とならないのかもしれない。

1) http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/nakaoku(06-7-31) (閲覧2015.9.2)


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