題名:焼肉屋とパン屋からもれる匂いについて
報告者:トンカツる
道を歩くと、よく匂いがするお店がある。それが、焼肉屋とパン屋である。その他に匂いのするお店として、うなぎ屋もその数に入れられるが、焼肉屋とパン屋に比較して店自体が少ないために、それほどうなぎの匂いは気にはならない。うなぎがよほど好きな人以外は、焼肉屋とパン屋の匂いの方がより匂いの力が感じられるであろう。
ヒトの嗅覚はその他の感覚、例えば、視覚や聴覚と比べてより原始的な感覚とされる。発生学的に見ても、哺乳類の初期の大脳皮質(*)は、嗅覚が多くを占めており、聴覚や視覚の発達はそれ以後とされる1)。そのため、嗅覚の記憶は、視覚よりも長く残ることが多い。特に食べ物で言えば、かつて食べた、良い悪いは別として、経験の印象が深い食べ物の匂いを嗅ぐと、その当時の感覚を瞬時に思い出すようなことがある。これは「プルースト効果」と呼ばれ、嗅覚に特有な性質とされている3)。また、特別に食べ物でなくとも、ある人が身に付けている香水の香りが、同じ香りを持っていた別の人を連想してしまうのも、この効果の一つである。焼肉屋やパン屋からもれる匂いで、以前食べた時の様子を連想するのも、まさにその効果である。しかしながら、焼肉屋やパン屋からもれる匂いで、知らず知らずによだれが出るのは、条件反射と呼ばれ、ロシア(旧 ソビエト連邦)の生理学者イワン・パブロフの犬による実験から発見されたことから、「パブロフの犬」の実験とも呼ばれる4)。それを図に示す。実験は、「犬に餌を与える時にベルを一緒に鳴らすことを繰り返し、その後に餌を与えなくとも、ベルが鳴っただけで犬から唾液が出る」5)、というものである。
ここで、この「パブロフの犬」と、読者であるあなた自身とを比較してみよう。少なくとも、焼肉が好きな人、あるいは、パンが好きな人は、お店からもれるその食べ物の匂いで、よだれが出やすいはずである。なぜなら、焼肉、あるいは、パンを食べた際の匂いとおいしさの条件が頭に残っているからである。特にお腹が空いている時にその匂いを嗅ぐと、「ふらーっ」とお店に入ってしまうであろう。これは、まさに焼肉屋とパン屋が仕掛けた「パブロフの人」実験に他ならず、焼肉屋とパン屋の前を通る際は、気をつけなければならない罠でもある。
図 イワン・パブロフの条件反射の実験5)
*: 大脳の表面に広がる、神経細胞の灰白質の薄い層のこと2)
1) ホルムズ, RL., シャープ, JA.: 神経解剖学 発生学的アプローチと機能. 医学書院. 1972.
2) https://ja.wikipedia.org/wiki/大脳皮質 (閲覧2016.2.4)
3) 岩堀修明: 図解 感覚器の進化. 講談社. 2011.
4) https://ja.wikipedia.org/wiki/条件反射 (閲覧2016.2.4)
5) http://behavior-psycho.seesaa.net/article/379567182.html (閲覧2016.2.4)
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