地底たる謎の研究室

3000km深から愛をこめて

人にとってLove is はAllなのか?


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題名:人にとってLove is はAllなのか?
報告者:ゴンベ

 人と人の関係でも最も重要な概念はやはりLoveに他ならない。それは、男女間だけでなく、性別を超えた存在の人にも当てはまるであろう。男性が女性を、あるいは、女性が男性を好きになることは当たり前として、男性が男性を好きになる、あるいは、女性が女性を好きになる、あるいは、それ以外の選択肢も多くの事実として存在する。ただし、いずれの形態であったにせよ、愛は互いを傷つけることもあるが、愛は互いを許してしまうことも多い。その寛容さが愛の本質なのかもしれない。それは人が人として生きる宿命でもあろうか。あるいは、愛という概念があるからこそ、人は人という存在になりえたのかは、今もって定かではない。しかしながら、どのような技術が発展しようとも、Loveを超えるような概念は技術では超えることができない。ゆえに、人にとってLove is はAllかもしれない。
 例えば、ここでLoveに最も影響を与えるであろう他の個体の死別について考えると、動物にもそのような感情はあるものなのであろうかという疑問が生じる。それが、動物にとってはLoveであるかは不明であるが、少なくとも動物にも仲間の死別を悼む行動があり、その感情の豊かさが示されている1)。このことから、人とは異なる要素があったとしても、人以外の動物にもLove的な感情が萌芽していることが明らかである。人にとってLove is は Allであっても、それは別に人だけにある感情ではなかったとも言える。しかしながら、感情だけでなく、それ以外の行動的なパターンとして表出されるLoveは、やはり人特有の行動パターンとなる。すなわち、亡くなった個体に対して花を生けたり、葬儀を行う儀式は、人以外には認められない行動である。一説には絶滅した我々ホモ・サピエンスの近縁であったネアンデルタール人にもそのような儀式が認められたが2)、今ではホモ・サピエンス以外の動物ではその行動は明らかにない。その行動を起こす源は、結局のところ他の個体に対するLoveという概念以外の何物でもない。
 ここで明らかに問題となるのはLoveという概念が何を意味しているかである。人にとってLove is はAllかもしれないが、Allはすべてと訳せても、Loveは愛と訳しても、愛はLoveと訳しても、あるいは、amourと訳しても、存在そのものがない。存在そのものがないものに対して、逆説的にでも「Je t'aime... moi non plus」としてつぶやいて様になるのは、セルジュ・ゲンスブール、 ジェーン・バーキンだけになるであろう。そう、Love、愛、amourはまさしく不思議な概念でもある。そこでここでは分かりやすく、筆者のややひいき目であるバンドHigh Highsの「Love is All」3)から引用してこれを調べると、

And let me breathe Let me breathe easy
On a breeze You say to me "Love is all that you need"

となる4)。愛は結局のところ、互いの呼吸でもあり、互いが自然とつながる必然性のある風的な存在でもあろうか。実に素敵な曲である。この曲と同じ感じの「Milan」と合わせて、この2曲はつい口ずさんでしまう。

1) http://karapaia.com/archives/52207459.html (閲覧2017.8.3)
2) 河合信和: ヒトの進化 七00万年史. 筑摩書房. 2010.
3) https://www.youtube.com/watch?v=_YMhX-xhu8M (閲覧2017.8.3)
4) http://www.azlyrics.com/lyrics/highhighs/loveisall.html (閲覧2017.8.3)

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