題名:土壌に含まれる微生物、マイコバクテリウム・バッカエ(M. vaccae)の作用
報告者:エゲンスキー
近年、ある微生物が注目されている。それが表題に示すマイコバクテリウム・バッカエ(Mycobacterium vaccae:M. vaccae)である。この微生物は土壌中、特に湿った有機物が豊富な泥炭地で最も豊富に存在するといわれている1)。そして、かつての生活形態、すなわち、土に自然と触れている環境下においては知らず知らずに人体に摂取されていた微生物でもある。しかしながら、自然環境が減少し、人工的な環境に多くさらされることで、この微生物の摂取が現代人では少ない。
コロラド大学の神経科学者であるChristopher Lowry博士らによれば、M. vaccaeには免疫系を刺激させ、セロトニンレベルを上げることがマウスの実験により発見されている2)。現代人に多い慢性免疫不全、および、大うつ病といった原因の一つに、セロトニン作動系の免疫機能と情動状態との間の関係における免疫活性化の問題があるが、Lowry博士らはこれらの関係において、M. vaccaeの作用の重要性を指摘している2)。さらに、Lowry博士らの実験マウスへのM. vaccae調製物の投与から、免疫活性化の効果を与えることを確認できたとともに、末梢における免疫シグナル伝達のバランスの調節が働き、結果として脳内のセロトニン作動性機能への調節不全に寄与することを示唆している2)。このことから、M. vaccaeは人体にとって有益な微生物であることが分かる。さらに、この実験を裏付けるように、アメリカのセージカレッジのDorothy M Matthews博士らはマウスの迷路課題を用いて、M. vaccaeの作用を検証した。この実験によれば、M. vaccaeを与えられた処置マウスは、対照と比べてマウスの迷路課題を2倍速く遂行し、不安関連行動が減少したことが確認されている。その結果から、Matthews博士らは動物行動の免疫調節におけるM. vaccaeの積極的な役割を支持するとともに、不安関連挙動、および、迷路能力を自然に向上させたM. vaccaeの有益な効果を示唆している。そして、微生物とその宿主との共生の重要性、ここでは、M. vaccaeとヒトの共生が、環境に適応し、病原体から身を守ることを可能にさせた関係の形成を論じている3)。
一方、産業界もこのM. vaccaeの作用を見逃すことがなく、早くからM. vaccaeを用いた慢性ウイルス感染の治療を特許出願している4)。それによれば、M. vaccaの作用として感染を落ち着かせる、または、一部もしくは完全な臨床改善をもたらし、感染経路においてM. vaccaが有益であることを見出している4)。
このようにして見ると、かつての自然環境で摂取されていたであろうM. vaccaeは、ヒトとの共生によって、ヒトは免疫機能を改善させる手段を得たとともに、感情面や学習面でもM. vaccaeはヒトによい作用を及ぼしたことが明らかである。そのため、自然の中で呼吸をし、土を掘り起こし、遊んで、汚れることは決して悪いことではなく、むしろ健康に良いともいえよう5)。逆の見方をすれば、封鎖されたオフィスビルや家屋での私たちの近代的で無菌化された生活は、決して良いとはいえないことも明らかである5)。
1) https://www.psychologytoday.com/intl/articles/200809/natures-bounty-soil-salvation (閲覧2018.5.7)
2) Lowry CA, et al.: Identification of an immune-responsive mesolimbocortical serotonergic system: potential role in regulation of emotional behavior. Neuroscience 146: 756-772, 2007.
3) Matthews DM., Jenksb, SM: Ingestion of Mycobacterium vaccae decreases anxiety-related behavior and improves learning in mice. Behavioural Processes 96: 27-35, 2013.
4) https://astamuse.com/ja/published/JP/No/2002537266 (閲覧2018.5.7)
5) https://qz.com/993258/dirt-has-a-microbiome-and-it-may-double-as-an-antidepressant/ (閲覧2018.5.7)
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