題名:かつての栄光をコッコッコッコッコケッコーに求めて -たまご37の誕生-
報告者:トシ
日進月歩の商品の世界で、かつての栄光は、モウケッコーなのであろうか。いやモウではない、コケッコーでなければなるまい。それは、決してウシではなく、ニワトリとしての証でもある。
かつてコッコッコッコッコケッコーな時代があった。暁テル子さんの「ミネソタの卵売り」からの替え歌として登場した「コッコッコッコッコケッコー わたしはハウスのたまごめん」がその時代にあたる。CM歌であったが、そちらの歌は、前川陽子さんによる1)。図にハウスの「たまごめん」のCMの一場面を示す。CM歌には、続きがあり、「めんにたまごを練り込んだ ツルツルシコ シコ ツルツルシコシコうまい味 わたしはハウスのたまごめん お味はけっこう 37円 なおけっこう」というフレーズもあり、当時、37円だったことが分かる。
文献2)によると、ハウスにおける即席めんの歴史は、1973年(昭和48年)にシャンメンとしての発売を皮切りに、即席めん業界へと参入した。そして、その翌年、シャンメンのシリーズとして発売された「たまごめん」は、ちびまる子ちゃんにも多大な影響を与え、まる子ちゃんは、一番お腹の減る土曜日の昼は「たまごめん」と決めて、毎週食べていたことが判明している1)。
図 ハウスシャンメン「たまごめん」2)
なお、そこでは、昭和49年前後、子供たちから絶大な人気を博していたラーメンとして紹介されている1)。すなわち、この「たまごめん」は、当時、栄光あるめんだったことも推測される。子供たちにとっては、イケめんだったに違いない。なお、肝心の味については、めんにたまごを練り込んだツルツル感が独特との評判であった2)。しかしながら、いつの間にか終売になり、80年代末に再度発売されたものの、それも短命に終わった2)。
かつて栄光のあった「たまごめん」は、モウケッコーなのであろうか。もはや「たまごめん」は即席ラーメン界のイケめんとはなれないのであろうか。そう、ニワトリに問い正したい。
年間、多くの即席ラーメンが開発され、消費者としてはありがたいものの、定番に至れなかった即席ラーメンは、その名の通り、即、席が奪われ、ラーメン界から排除される。そこで、ここで提案したのは、復興ではなく、かつての栄光のあった「たまごめん」を、次の時代の定番として、受け継ぐべきではなかろうか、ということである。値段はともかく、CMもほとんど同じにして、「コッコッコッコッコケッコー わたしはハウスのたまごめん」とすれば、ハウスシャンメンは今の子供にも、新たな栄光を与えるのではないだろうか。コック帽にエプロン姿のたまごがポップなリズムで踊り出すアニメーションでもって、
たまご37
を、AKB48なみに売り出すべき、とハウスさんに提言したい。
1) http://sakura-minnesotajournal.blogspot.com/p/19-pierre-parrant-1838-whiskey-sellers.html (閲覧2019.1.10)
2) http://nazzooi.info/70_foods/tamagomen.html (閲覧2019.1.10)
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