地底たる謎の研究室

3000km深から愛をこめて

愛することとは何か?


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題名:愛することとは何か?
報告者:ダレナン

 本記事は、基本的にこの記事この記事の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 この記事にてドイツの哲学者のマックス・シェーラーによって愛について検討されたとともに、この記事にて愛のものさしを音楽によって検討された。ここでは、それらをさらに拡張すべく、愛とは何か?(この記事を参照)という考えから、さらに一歩進んで、愛するとは何か?について筆者なりの独自の検討をしたい。そのため、やや個人的な意見も含まれる可能性もあるが、そこは読者の各人の解釈にお任せしたい。
 マックス・シェーラーの愛の特性をより深め、その共感に関する兆候と形式を研究したアーサー・R・ルーサーによると、愛することは、充実、あるいは、より深い関与、もしくは、浸透の方向に相互人格的存在を具体化することになりうる1)。その見解から盛下真優子氏1)は、愛の作用においてこそ、各人がそれぞれ独自的な存在として認識されると同時に、互いに欠かせない存在として現われ出ることを指摘している。それでもって、愛においては、愛する側の他者への愛の作用のうちにも、当の人格における独自の愛の秩序が現れ、愛される側も、それに対して応答するうちに、独自の愛の秩序が形成されることを述べている。その結果として、愛の秩序の形成の過程において、それ以上に知ることができない限界、いわば、個人の境界の意識が明瞭となり、互いの差異という意識が浮かび上がるともに、それが人間形成において重要であることを示唆している。これらのことから言えることは、愛するということは、他己と自己を知るきっかけとなることになり、そこに人間的な成長が見て取れる。言い換えると、この記事で示されたマックス・シェーラーによる愛共同体の原理を成長させるには、如何に互いの愛の共同志向性を高めるかに、やはりヒントがあろうか。
 この共同志向性に関して、横山陸博士2)によると、共同志向性によって、独立した二つの主体、すなわち、個々人がそれぞれにおいて、場を共有することになり、「我々」という主体に統合され、個々人が個別性の中で融解し、感情を共有する「一体感」が生まれる、となる。
 これらの考えに従うと、他者との心理的な境界を意識しつつも(これはテレパシー技術がまだないことも起因しているのかもしれない(この記事も参照))、その場において、何らかの一体感によって、境界を跨ぐかの如く、至愛するという事象が生じるということになるのかもしれない。
 物理界では、非常に小さい距離を隔てて設置された二枚の平面金属板において、真空中で互いに引き合う現象が認められる。その現象を、静的には、静的カシミール効果という3)。これを、二枚の金属板を振動させた動的な状態にすると光子が生じ、この効果を動的カシミール効果という3)。さらに、場の量子論において、このカシミール効果には零点エネルギーからの変換、すなわち、無から有のエネルギ-を生み出す効果があることも分かっている4)。この場の量子論を借りると、愛することとは、場の共有に伴う「一体感」がもたらしたカシミール効果の一つの現象として位置づけられようか。その真実は、現在の科学では測りえない。

1) 盛下真優子: M.シェーラーにおける愛の概念 : その人間形成論的考察. 教育思想 43: 105-121, 2016.
2) http://philosophy-japan.org/wpdata/wp-content/uploads/2017/04/6410-4.pdf (閲覧2017.9.2)
3) https://ja.wikipedia.org/wiki/カシミール効果 (閲覧2017.9.2)
4) http://www.padrak.com/ine/ZPESCIAM.html (閲覧2017.9.2)

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