題名:不可逆的変化
報告者:ダレナン
本物語は、この物語の続きです。
月の表面は風雨がなく、そこにある痕跡は風化することなくとどまる。しかし、思い出そうとしても、想い出がない記憶はもはや風化し始め、やがてその痕跡を跡形もなく失わせる。どのような記憶であれ、大雨の後の記憶は、時間とともに次第に土壌を変形させ、そこにあったことも忘れさられ、時代とともに朽ち果てる。
ネガティブなのに、なぜかいい響きを感じる。朽ち果てる。
そうだ、いずれすべてが朽ち果てるのだ。身も心も。そして、ここにある文章すらも。ガルガンチュアの果て、我々は、我々の情報は、やがて特異点に吸い込まれる。
繰り返し耳元でHans Zimmer社の時計が、ポペッェポペッェと鳴り響いていた。
ハイパーループ・カプセルのトンネルに入って来た時と同じように、ツキオはループした無限大のマークを足で踏んだ。するとドアが現れ、
「さっ、地表に戻るで」
と僕を誘った。
ドア内にするりと入ると、グオーンとかすかな音がした。少し暗めのドームの地表、その目の前にドーム内壁のいびつな形に添うようなロココ調の建物が見えた。表の看板には、「ようこそ、新新時代のノアの箱舟の館へ」と書かれてあった。僕らの横には第4世代と思しき、ツキオよりも若そうなMoon人の夫妻が、「ほら、ここがあのフランコ・ハバド氏の聖地よ。素敵な建物ね」と言いながら、ベビーカーを押していた。観光か…。ベビーカーの中にはツキオの特徴をより濃くしたような姿のベビーが寝ている。やはり世代を経るにつれ、どんどんとその姿が加速しているかのよう。これも記憶と同じで元には二度と戻らない。記憶も姿も不可逆的変化。声に出していうと必ず舌がもつれる。不可逆的変化。
ツキオは館の入り口で切符を2枚買い、受付で差し出した。受付嬢は、「ようこそ、聖地へ」と告げ、切符と引き換えに順路を案内するパンフレットを僕らに渡した。若干旧式の案内のように感じたが、
「この方法が意外と好評なんやで…。なんせ200年前の地球を思いださせるからな」
とツキオは言った。
もらったパンフレットの一枚一枚めくると、「フランコ・ハバド氏について」、「Createの源」、「デューン計画のすべて」、「魂の戦士たちの墓」と案内があった。最後のページには、「こぶちゃんブランドとチーズ製造工場の秘密」と書かれてあり、さっきカプセルの中で食べたチーズのパッケージのイラストが描かれていた。
こぶちゃんブランド…
チーズ製造工場…秘密…
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