題名:ヘリの音
報告者:ダレナン
本物語は、この物語の続きです。
それでもまだ、その時はシズコとの会話は少しはあった。今日の仕事で、あったことを話した。成績のことも話した。「そんなこともあるわよ」と妻は慰めてくれた。「明日、帰り遅くなる?」、「いや、たぶん明日も早いと思う」、「じゃあ、久しぶりに夕飯、何か作っとくね」とシズコは言った。その心遣いがうれしかった。
翌日は、少しばかり仕事にも精が出た。そういえば、結婚当初はこんな気持ちで仕事に取り組んでいたような気がした。仕事では、以前に僕担当だった新人がぐんぐんと成績を上げていた。サメジマさんのおかげなのか、それとも彼の素質が開花したのだろうか、そういえば彼にもサメジマさんに似た冷徹な部分がある。いや、もう、そんなことはどうでもいいか、僕の営業の成績グラフはとっくにその新人に抜かれていた。そして、今日もまた一人仕事をやめることになった。優しいだけが取り柄の同期のナカクラだった。
せんじょうで、はしゅれないやちゅは、ころしゃれるんだ。
“くっくどぅーどるどぅ”は僕自身だった。
ぼきゅも、いずれは、ころしゃれるんだ。
僕の中の“くっくどぅーどるどぅ”がそう叫んでいた。
家に帰るとシズコがお湯を沸かして待っていた。傍らにはチキンラーメンの袋と卵とネギがあった。
「ほらっ、ちょっと久しぶりで、何していいか分かんなかったから、これにした。これで、十分じゃん。卵とネギも乗っけた」
「うん、十分だね」
「そうでしょ」
妻はうれしそうだった。それだけでもいいんだ。
その晩は妻と一緒にハイネケンを飲んだ。「でもさー、ダリオくんって、営業に向いてないよね。家の会社の営業マンはさ、できる人みんな口がうまいけど、心は結構冷たいよ。長いこと見てると、それが、なんとなくわかってきた。うん、結構冷たい。これも…」。シズコはハイネケンの缶を掲げながら、アルコールのせいなのか少し饒舌だった。こうしてゆっくりとシズコと過ごしたのは久しぶりだった。「あっ、そうそう。今度の週末にどこか食べに行こうよ…、そうね、焼き肉なんてどうかしら」。「分かった」。
その日、久しぶりに妻と寝た。(この前、寝たのはいつだったんだろうか)、思い出すのも難しいくらいにはるか昔に思えた。隣では、すでにシズコはすーすーと寝息を立てていた。
僕の中で何かが変わってきていた。遠くからヘリの音が聞こえてくる。僕はスマホに向かって耳を澄ませた。
だいいちぶたい、しゅべてぜんめちゅでしゅ。おおえんをよこしゅてくだしゃい。
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