地底たる謎の研究室

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「「不在」という場のフォルムを創造する」ためのエクリチュールの剥き出し


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題名:「「不在」という場のフォルムを創造する」ためのエクリチュールの剥き出し
報告者:ダレナン

 本記事は、基本的にこの記事の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 時に画像は、自己の内面をえぐり、まだ見ぬ創造の世界へいざなう道しるべとなる。その時は即座にその画像が何らかの意味を持たなくとも、時経て再燃する心象は、明らかに何かの暗示でもあろうか。
 先の記事にて、フランスの小説家のマルセーヌ・デ=ベランダ―ルについて思惑するとともに、それが仕切りをなし、やがて思枠(*)することにも繋がった。所謂フィクションの始まりである。さらに、その中で引用したマルグリット・デュラスによる小説「ロル V. シュタインの歓喜」について調べていくうちに、ある一枚の画像に偶然遭遇することとなった。それが図である。遭遇したのは、マルグリット・デュラスを研究している関未玲博士による文献3)内である。そして、その見出しは「「不在」という場のフォルムを創造する」と書かれている。そこで、表題には博士の見出しを引用するとともに、その画像が引用されたエクリチュール(書くこと、書かれたもの)を筆者なりに捉え、画像との関連性について検討したい。
 マルグリット・デュラスは小説家としてだけではなく、後年は映像作家としても活躍している。そのため、映像や画像から得られる何か(イマージュ(ある事物に対し特定の姿を想像するという意味))を非常に重要視している。関博士もデュラスのその特徴を十分に理解し、この画像を引用したことが容易に推測できる。そして、この見出しの章には、以下の文面が記されている。「デュラスが文学(小説)と映像(映画)との間を行きつ戻りつしたとすれば、両者の差異を埋めることで、



図 画像2)

エクリチュールの新しいトポス(**)を模索し、…、リアリティーの喚起力に触発されながらエクリチュールというフォルムを纏(まと)う瞬間へと遡(さかのぼ)る」3)の一部改である。すなわち、図の女性が窓から覗く行為の先には何があったのかは分からないが(不在)、そこから差し込む光(トポス)によって、女性の意図が明確に仕切られ(フォルム)、瞬間(リアリティー)を描く。さらに、博士によれば「過去の記憶に縛られ、不明瞭な時間軸を彷徨い、生きながらえてゆくも、不確かな物語の記憶を紡ぐかのように、エクリチュールが剥(む)き出しとなる」3)の一部改とあり、ある時間で仕切られた瞬間は、不確かな物語(イマージュ)であっても、記憶を繋げる瞬間が脳内で生じ(場)、それによってエクリチュールが剥き出される(創造)。
 結果として、ここに一枚のエクリチュール(記事)を完成させることができた。

*: 内山興正老師曰く、「枠」という字を当てて、「私の my」思い・考え事・思考で枠=仕切りを作る1)。
**: 場所。また、文学・芸術などにおける主題4)
1) http://alphabeticalyogavercity.blogspot.com/2015/04/blog-post_421.html (閲覧2018.6.4)
2) https://www.pexels.com/photo/architecture-black-and-white-dark-door-206473/(閲覧2018.6.4)
3) http://pretexte-jean-jacques-rousseau.org/?page=pg03c_170610004402/ (閲覧2018.6.4)(関未玲: マルグリット・デュラス―映画制作からエクリチュールへ)
4) https://kotobank.jp/word/%E3%83%88%E3%83%9D%E3%82%B9-161922 (閲覧2018.6.4)


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