地底たる謎の研究室

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マロンのロマンを辿る旅路


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題名:マロンのロマンを辿る旅路
報告者:エゲンスキー

 マロンは綴りでmarronとなり、これ自体はフランス語である。その実態は、ブナ科クリ属の木であるシャテニエ(châtaignier(ヨーロッパグリ、学名Castanea sativa))の実のことを指す1)。そのため、日本でマロンといえば、クリのことになる。
 クリについては、世界には四大クリとされるクリがあり、日本グリ、西洋グリ、中国グリ、アメリカグリがそれになる2)。俗にいう和栗とは、日本グリのことを指し、先のマロンは、西洋グリに当たる2)。そのため、正式に見ると、和栗はマロンとはいえないかもしれない。ただし、一般的なマロンのお菓子、例えば、モンブランのように、マロンとしてしまうと日本グリ、西洋グリとの厳密な区別をしないこともある。差別化を図るために、あえて「和栗のモンブランケーキ」なる商品もあるが、マロンはクリとの総称とすることも少なくないであろう。そのため、表題は、マロンのロマンとして、マロンその物は先に述べたようにフランスの西洋グリに相当するも、一字の入れ替えでロマンとマロンとなる面白さから、ここでは表題として採用させていただいたことをお許し願いたい。
 先の四大クリだけでなく、その他にも様々なクリが存在するが、その歴史はあまり知られていない。特に和栗は、日本の文化とも関係が深く、古来日本ではクリは多面的な価値があり、食だけでなく、住なども含めて、重要な樹木の一つでもあり3)、歴史的なロマンが存在する。そこで、ここでは、クリのロマンとして過去の歴史を遡って、日本文化との関係性を辿ってみたい。
 元木靖博士3)によれば、クリは縄文時代の遺跡からも頻繁に出土し、すでに縄文時代から重要な資源であったことが指摘されている。そのため、稲作以前のその当時から、クリが何らかの人間の干渉、あるいは、管理がなされていた「半栽培」的な状況であった。そのことから、稲作後でも農耕を受け入れる前提として、稲作が不安定な地域では、クリ栽培が盛んに行われていた。また、その流れから江戸時代に入ると、樹殻としてのクリへの期待だけでなく、クリ植栽も奨励され、特に丹波系のクリはその大きさから献上物、土産物としての役割があり、今日の丹波系のクリに至った歴史がある。さらに、明治時代の「勧農叢書 栗樹栽培法」には、食だけでなく、材としてのクリの活用が示されている3)。それを図に示す。この図の説明として「勧農叢書 栗樹栽培法」には、「栗樹ハ



図 クリと人間生活との関わり合い3)

人生有益ノ植物ニシテ世ノ需要甚多シ」と記され、クリの多面的な活用が見てとれよう3)。日本クリは、なにも「和栗のモンブランケーキ」だけに生まれてきたのではないことが分かる。ただし、現在は日本クリの生産も減り、クリと人間との関わり合いも薄くなりつつあるのが現状で3)、歴史から辿るといささかわびしい。

1) https://ja.wikipedia.org/wiki/マロン_(植物) (閲覧2018.6.18)
2) https://www.rakuten.ne.jp/gold/otoemon/kodawari_kuri_kuri1.html (閲覧2018.6.18)
3) 元木靖: クリと日本文明. 海青社. 2015.

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