スマホに依存し、生きていく



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題名:スマホに依存し、生きていく
報告者:ナンカイン

 本記事は、基本的にこの記事の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 この記事にて、現在の生き方の標語である「好きなことで、生きていく」について考えるとともに、勉強する意味を勉強によって得られる空間軸と、それに時間軸を加え、四次元的に解釈した。ここでは、先の標語が生まれた背景にあるスマホ(スマートフォン)が、ヒトの生き方にどのように影響したのかについて考えたい。
 スマホは、今やヒトが生きる上でなくてはならないツール(道具)となった。従来のフィーチャフォン(ガラゲー)と同じく、会話やメールなどと言ったヒトとのコミュニケーションのツール(道具)としてむろんのこと、SNSなどの台頭で新たなヒトとのコミュニケーション形態を生み出した。中には「スマホは未だに使っていません」、という従来のガラゲーにこだわりを持って使っている人も多いであろう。しかしながら、いずれにせよ、スマホの普及率が50%を越えた現在(この記事も参照)、この率がこの先増えることはあっても、減ることはない。今や小さな子供もガラゲーは知らなくとも、スマホは知っている。それほど、スマホはありふれた存在で、かつ、有能だからである。インターネットやメール、SNS、Officeファイルだけでなく、ゲーム、カメラ、YouTube、音楽プレーヤー、電子ブック、動画配信、ナビ、電卓などなんでもござれである。少なくとも情報関連であれば、これ一台で仕事とエンターテイメントが完結する。
 これまでの人類の歴史を探ると、古い時代のヒトが生み出した道具(ツール)は、ヒトの手や足の機能を拡大するものが多かった。しかしながら、大型のコンピューターで電卓のみの機能であった時から、機能の開発が進み、パソコン(パーソナルコンピューター)が普及すると、小型のコンピューターが、ヒトの脳に代わって様々な計算が行うようになった。この時から、道具(ツール)は、ヒトの脳の機能を拡大したのである。すなわち、道具(ツール)がヒトの手足の機能を拡張する時代から、脳の機能を拡張する時代にシフトしたとも言える。日本でのこの時代の境目を探ると、NECのPC-8001シリーズ以降になるであろうか。初代のPC-8001は、1979年に発売されていることから1)、この辺を境に道具(ツール)は、ヒトの脳の機能を侵食し始めた。
 初め、それらの道具(ツール)は、ヒトに従順であった。ヒトの命令に背くことなく、明らかにヒトの脳を拡張してくれるような要素が多かった。しかしながら、それがさらに小型化し、あらゆる要素が凝縮すると、今度はそのツール(道具)がなくては、ヒトは生きてはいけないようになった。ヒトがツール(道具)に支配されている状態である。例えば、これを読んでいる人で、「明日一日スマホというツール(道具)を持たないで生活してください」、と告げ、いざ実践してもらうと、今現在スマホを所有している人は、たぶんほとんど実践できない。持っていないと相当な不安感が襲う。明らかにスマホというツール(道具)に依存的な状態である。
 人工知能はやがてヒトの仕事も代替する(この記事も参照)。しかしながら、今のヒトはスマホという小型ではあるが、ヒトの脳を代替する多機能なツール(道具)のスマホの巨人に進撃されている。スマホの巨人に打ち勝つためには、進撃の巨人のリヴァイの如きクールさも時には必要となるのかもしれない。

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図 進撃の巨人のリヴァイ2)

1) https://ja.wikipedia.org/wiki/PC-8000シリーズ (閲覧2016.5.19)
2) http://prcm.jp/album/irasuto0814/pic/32496561 (閲覧2016.5.19)

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