地底たる謎の研究室

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心の中の雨は、いつ降り止むのか?



「宇宙コロニー( Off-world colonies )での新しい生活が貴方を待っています。チャンスと冒険に満ちた黄金の土地に、再び巡ってきた好運。」 “A new life awaits you in the Off-world colonies. The chance to begin again in a golden land of opportunity and adventure.”

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題名:心の中の雨は、いつ降り止むのか?
報告者:ゴンベ

 人は生きるに際して、様々な岐路に立たされる。それは、将来の選択であったり、結婚の決断であったりするが、それらの岐路の中でももっとも深く心に刻まれるものがある。それが、死別と、失恋であろう。どちらも、大切な人を失うという点でまったく同じであり、その他にある岐路と比較して、決定的に異なることは、代わりがきかない、と言うことである。
 人は人との関係で人としての生活が営まれ、その生活が活かされる。そのため、人と人との出会いからもたらされる生きる道は、人類にとって変わりようがない普遍的な要素である。正しい道を歩むのも、誤った道を歩むのも、自分と言う個体のみで成されるわけではなく、人との関係があって始めて成される。人類の進化の歴史上において、人は人と協力することによって、ヒトになったことが示されているが1)、現在の人類は、人が人との関係によって築かれたことは間違いなく、誰ともコミュニケーションを取らずに生活を送った人は、人としての人間性が失われることからも分かる。狼少女2)がその典型的な例になるであろう。
 このように、人が人から受ける影響は計り知れない。そのため、ある人が、ある人を失ったことによる喪失感は、耐えがたいものがある。よく「心にぽっかりと穴が空いたような」と揶揄されるが、当の本人にすれば、そのような表現よりもむしろ、その存在がなくなったような感覚さえある。分かりやすく言えば、この記事のようにドーナッツのような状態より、むしろドーナッツそのものがない状態であろうか。

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図 ドーナッツと無、そしてその引き込み

あるいは、ドーナッツの無の状態が何かに吸い込まれるような感じさえある。その様子を図に示す。無は無で禅的には意味のあることであるが(この記事)、喪失感は、無以上に実際のところ何か得体のしれない空間に引き込まれる印象すらある。そのため、そのような状態を現実へと取り戻すことが必要となる。そのようなきっかけの一つに、音楽がある。少なくとも、失恋の曲が優れた曲として人の心に残りやすいのは、そのような喪失感を音楽に乗せて旨く代弁していることに他ならない。
 心のよりどころ(支え)がなくなると、人はそれを満たすがの如く、自然と涙がこぼれる。心の中の雨は降り止むことがなく、図の穴、あるいは、無の引き込み状態を埋めたいがために涙する。しかしながら、どのような雨が降ろうとも、それを完全に埋めることはできない。時間だけがそれを埋めることができる。
 琴線に触れるような、あるいは、巧みな歌い手がいれば、その穴、あるいは、無の引き込み状態をうまく閉ざすきっかけを与えてくれるとともに、やすらかな安堵感もやがてもたらしてくれる。そのような安堵感は、次へのステップにもなるかもしれない。その時、本当に音楽の持つ効果を実感することができる。
 "Can You Stop The Rain"を聞きながら、心の中の雨がいつしか止むことを想いながら、心の穴、あるいは、無の引き込み状態を、新しい時間へと導いてくれることに期待しながら...。

1)トマセロ, マイケル: ヒトはなぜ協力するのか. 勁草書房. 2013.
2)シング, JAL: 野生児の記録 1 狼に育てられた子. 福村出版. 1977.

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