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脳内の特別な記憶を特別な想起に変える注視 -運命の人の背景論-


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題名:脳内の特別な記憶を特別な想起に変える注視 -運命の人の背景論-
報告者:アダム&ナッシュ

 目は口ほどにものを言う、ということわざがある通り、人は目から受ける影響が非常に大きい。こと体の部位に関することわざを調べても、鼻を含むことわざは19、毛髪は22、耳は23、腹は42、頭は34、手は59、足は29、目は85、口は67と目が圧倒的に多い1)。そのため、ことわざと同じくして、所謂対人恐怖などでまず意識するのは、他人の目であり、その次に口(言葉)であろうことは、経験的にも理解できる。やはり目や口は、人が他人を意識しやすい部位であるからこそ、自己の内面でそれを無意識的に意識化してしまい、その無意識的な意識はことわざの数の差としても歴然と示されている。
 さらに、目の視線の在り方でも、注視という注目的な視線が伴った場合は、今度はヘビに睨まれたカエルのごとき状況ともなることもしばしば遭遇する。このヘビに睨まれたカエルを人の場合で捉えると、そこにあるのが好意であれば問題ないが、敵意であればカエル側の人は食べられる(捕食される)可能性もある。カエル側の人にとっては、ヘビ側の人はまさしく天敵である。ただし、カエル側の人でも致死的ではないにしろ敵に不快感を与える何かを持っていれば、カエル側の人も捕食回避できることは、文献の実験2)からも類推される。そのため、ヘビ側の人に対峙する場合には、無防備ではなく、カエル側の人も(致死的ではない)分泌物なる何かを纏うことも、時としてよいアイデアとなりうるかもしれない。
 一方、異性など、自己の内面で特別な記憶を伴っている場合の人からの注視は、ヘビに睨まれたカエルの状況とは異なり、注視された側の人の脳内に特別な想起をもたらす。例えば、あるアーチストのコンサートなどで目が合ったとしてドキドキするのは、注視という現象と脳内の特別な意識が合致するからであり、ここでは無意識的な意識ではなく、意識的な意識があり、そこに特別な感情が芽生える素地が元々あったということになる。この注視と意識的な意識が、アーチストによるコンサートなどの異空間な場ではなくても、普段から接している人からの意識として意識化し始めていると、記憶に対しても特別な意識的な意識を伴う。その意識的な意識が、相手からの注視によって、ある時にふと脳内で顕在化されると、特別な記憶は特別な想起に変えられる。その特別な想起は心拍数を上げる。記憶における意識的な意識は脳内の注意の待機状態としてアセチルコリンによってもたらされ、信号機で言えば、赤の状態である。これが青の状態に変わると、Goというシグナルに変更し、脳内の注意がアトラクタ状態(顕在化され)となり、アセチルコリンが一時的に増大し、今度はドキンとするアドレナリンへの分泌に繋がる。工学院大学の金丸隆志博士ら3)は、うまくその状況を数理モデルに置き換え検討しているが(図)、このアトラクタ状態は、運命的に解釈すれば、あの人は運命の人、とみなせるのかもしれない。



図 脳内の記憶状態3)を改図

1) http://study.matrix.jp/kotowaza/body.shtml (閲覧2017.7.26)
2) https://sciencecafefukuoka.jimdo.com/活動報告/第19回サイエンスカフェ-ふくおか/ (閲覧2017.7.26)
3) Kanamaru T, Fujii H, Aihara K (2013) Deformation of Attractor Landscape via Cholinergic Presynaptic Modulations: A Computational Study Using a Phase Neuron Model. PLoS ONE 8(1): e53854. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0053854.

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