地底たる謎の研究室

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現代的な美しさは古代にも表現されたのか?


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題名:現代的な美しさは古代にも表現されたのか?
報告者:ナンカイン

 本記事は、基本的にこの記事の続きであることを、ここで前もってことわりたい。

 以前のこの記事この記事において、新石器時代に作られたであろうと推定されている石仮面がイスラエルから発見され、それに関して調べるとともに、その石仮面が象徴するデザインについて検討した。そして、その石仮面には、当時の社会構造の変化と宗教的な活動の急激な増加が伴い、時代を反映する儀式の一つとして、石仮面による祖先礼拝が行われた可能性が示唆された。一方、この記事でも示したように、能で用いられる能面には、神懸かり、憑依、そして、変身なる導きを得る効果があることを示した。石仮面は新石器時代、能面は南北朝時代の後期から室町時代へと年代は異なるものの、その面に含まれる”モノ”(物質と精神を繋ぐ)としての扱いは、ほとんど同じ役目があろう。そのために、面はただの面ではなく、造形への畏敬を含めると、明らかに、そこには、宗教と芸術とを繋ぐ”モノ”にもなる。その考えに基づいて、先の記事を振り返ると、不思議なことに気づく。現代の美しさとして単純化で得られた先の記事の描画が、新石器時代の石仮面とその位置関係がほぼ一致する。それを図に示す。黒線は先の記事で示された単純描画と同じである。背景の石仮面は、文献1)による。これを見ると、頬のラインなどは石仮面がやや膨らむも、目の大きさ・位置、鼻の大きさ・位置、そして、口の大きさ・位置がほぼ同じ配置を持つ。さらに、眉のラインも石仮面のふくらみ部分と類似する。
 図の黒線は、新木優子さんの画像をもとに描画されたはずであるが、それが石器時代の石仮面と一致するとはどういうことであろうか?
 単純描画は、そのパーツ配置から現代的な美しさとしても証明された。そして、ここで示された図は、実は現代的な美しさの背景には、新石器時代から続いている美しいという感覚と一致していることをも示しているのではないだろうか。すなわち、古代において神的として崇められ、祖先礼拝として使われた石仮面には、現代でも感じ得られる美しさとその根源が同じであることが推定される。言い換えると、物質と精神を繋ぐ”モノ”としての仮面は、明らかに、宗教と芸術とを繋ぐ”モノ”となり、宗教的な概念の背景には、美的なヒトから、人となるべくしての文化的な橋渡しが見て取れる。



図 単純描画と石仮面1)

 なぜ、人は美しさを求めるのか?
 それは案外、宗教的な祈りとほとんど同じなのかもしれない。さらには、能を完成させた世阿弥の心理的な礎でもある「幽玄さ」は、この記事でも示したように、まさに、0~5.0へと振れる美しさを見出すべく、一つの探求の試みだったのかもしれない。

1) https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/b/120400249/ (閲覧2018.12.7)

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