地底たる謎の研究室

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脳科学のNo科学的側面


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題名:脳科学のNo科学的側面
報告者:ダレナン

 現在は様々な科学が発達し、それによって様々な技術恩恵を受けることができた。古くは印刷なども知識を蓄える技術として発達し、現在ではインターネットを含めたWeb技術がそれに相当するであろう。それによって、一過性ではない知識の蓄積がもたらされ、世代が変わっても人々は「巨人の肩の上に立つ」ことができる。その意味するところは、この記事でも引用されたように、偉大な先人たちの業績や先行研究の積み重ねの上に新しい知の地平線が開かれることであるが1)、あらゆる科学技術がこの巨人の肩によって積み重ねられる。それは、現在の科学分野の一つである脳科学も無縁ではない。
 科学で解き明かされるべく謎を集約すると、サンキュータツオ氏が著書2)で述べているように、次の2つに集約できる。


1.人間とはなにか
2.この世界とはなにか


である。脳科学は1を中心として、2をつなぐ科学として有望な分野ではあるが、その万能的なイメージから、不正確な情報も流通しやすい。東京大学の鈴木貴之博士3)によれば、脳科学の書物としてその情報を鵜呑みにすることに精査が必要な書物として、①身近な現象を脳科学によって説明する書物、②脳科学によって社会問題を分析する書物、③脳科学の知見を取り入れた実用書の3つを挙げている。そして、そこにある問題点として、①現在の自然科学との知見とは両立しない仮説や理論に依拠している、②様々な論理の飛躍が見られる、③データによる裏付けを軽視しがちである、ということを指摘している。まさにダジャレではあるが、上記の3つの問題点がある脳科学は、表題の如くNo科学的側面を持つといえよう。なお、ちなみに鈴木博士は、ダジャレではなくこのような科学を疑似科学と称し3)、本来はこちらが正しい表現になるが、本記事を書くモチベーションがダジャレであったことから、そこはお許し願いたい。そこは、これを機に、No科学がYes科学となることをも暗黙に含んでいる。
 一方、同じく東京大学の佐倉統博士4)は、筆者のダジャレによるNo科学に準じる言葉として、全般的な疑似科学要素を「ネタ科学」あるいは、「パーティートーク科学」と名付けている。ただし、ネタのままであればよいが、問題なのはこれらの科学(っぽい)考え方に対する、根拠なき社会的な現場への悪影響である。例えば、人事における血液型占いの利用などである4)。しかしながら、佐倉博士が述べるように、「旅先で神社仏閣に立ち寄ればお賽銭を投げ、お守りを買う。家族や友人の健康と自分の仕事が順調に進むことを祈り、受験生の息子にお守りをわたす。実際の効果があると信じているわけでは、もちろんない。しかしそれによって、精神の平安をいくばくか得ている」4)のも、現在の科学技術の肩の上でも通用する。ゆえに、「お守り科学には不可逆的に疑似科学的な要素がつきまとい、…この要素は人の心に生得的に備わって、…いつまでも存在し続けるし、…疑似科学的な言説も、決してなくなることはない」4)に違いない。やはり最後は神の存在を信じるが上の(この記事も参照)、人の情けであろうか。その解は「God only Knows」である。

1) http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000151707 (閲覧2017.12.12)
2) サンキュータツオ: もっとヘンな論文. 角川書店.
3) 鈴木貴之: 脳科学ブームと疑似脳科学. 社会と倫理 25: 87-99, 2011.
4) 佐倉統: 脳神経科学と社会と倫理. 映像情報メディア学会誌 65: 923-929, 2011.

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